大阪地方裁判所 昭和47年(わ)2254号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(罪となるべき事実)
被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和四七年六月二二日大阪市阿倍野区阿倍野筋三丁目三番一五号先路上において、覚せい剤たるフェニル・メチル・アミノプロパン塩類を含有する白色粉末耳かき約一杯半を所持したものである。
(弁護人の主張に対する判断)
一、弁護人は、「本件覚せい剤入りビニール袋は、警察官が職務質問に際し被告人の承諾なく勝手に被告人のポケット内から差入れていた手帳とともに取上げたもので、違法である。<中略>右覚せい剤入りビニール袋の捜索押収手続は違法であり、証拠能力のないものである。<後略>」。と主張する。
二、<証拠>によれば次の事実が認められる。
(一) 大阪府警察阿倍野警察署所属の岡本博、小松春二警察官は、昭和四七年六月二二日の午後パトカー大阪二一五号に同乗し管内を警羅中、「無銭宿泊者がホテルグレースに居るので直ちに現場に急行せよ。」との無線指令を受けて一分後右「グレース」に到着したところ、従業員の指示で金采鳳なる者が該当の無銭宿泊者であることがわかり更に事情聴取したところ、神戸のホテルでも同人が無銭宿泊しており、そのため被害者の神戸ニュー東洋の社長千代甚八も追跡していることも判明し、更に右現場にいた同社長にも事情聴取したが、同社長は、「これらの人が(無銭)宿泊し大阪で代金を支払つてくれるというので来たが未払の儘だ。」と述べ、金采鳳も、「相棒が近所のホテル・クローバーにいる。」と告げたので、その相棒にも事情聴取すべく右小松警察官は四、五十メートル先のホテル「クローバー」に赴こうとして前記ニュー東洋の社長と共に右「グレース」の出入口を出た際同社長から前方を歩き去つていく男が無銭宿泊の相棒であることを聞いた。
(二) そこで、小松警察官は直ちに小走りで同人を追跡して呼止め、まず同人即ち被告人(以下「被告人」という。)に神戸のホテルで無銭宿泊したか否か職務質問したが、被告人は黙した儘であり、更に兇器の有無を確かめるべく被告人の着衣の上からその腹部辺りを手で触れてみたが、これにも被告人は拒否する態度はなくその点検を了し、次いで被告人の背広胸ポケットを見たところ手帳様のものが覗いていたのでそれに宿泊費等の請求書が挾まれていないかなどと考えて無銭飲食に関する証拠収集のため右手帳を点検しようと考え、被告人に対して、「持物を見せてもらうぞ。」と告げたところ格別これを拒否する言動態度が見えなかつたので、同警察官は右ポケット内から右手帳を抜き取り、これを繰つて内部を点検した際白色粉末入りビニール袋が挾んであり、これを手に摘んで被告人に見せたのち、品物の性状などを質問しようとした途端、急に被告人は逃走した。小松警察官は直ちにこれを二、三十メートル追跡して追い付いたが、同所で被告人に神戸のホテル宿泊料のことを尋ねると、「支払つていない。」と答え、また被告人の腕を調べたところ注射痕が見付かつたので、詐欺その他の容疑で更に職務質問すべく警察署まで被告人に任意同行を求め、前記パトカーに同乗させて約三〇〇メートル離れた阿倍野警察署へ赴いた。なお前記の手帳とビニール袋は被告人追跡の際あわてて落下してしまつたが、被告人の任意同行時これを拾得して自己の手帳の間へ大事に挾んで警察署に持参したが、右ビニール袋の口が開いていたので落下の際内容物たる白色粉末若干は路上に散り、当初より若干の減量となつた。
(三) 阿倍野警察署に到着したのち、小松警察官らは、直ちに被告人を取調べたところ、被告人は「自分は河村竜祐といい神戸の宿泊料は金の持ち合わせがなかつたので払つていない。」と述べ、所持金は四十円しかなかつたので、直ちに被告人を無銭飲食詐欺の容疑で緊急逮捕したが、その後の取調べで被告人の本名は田中義一であることが判明した。また前記ビニール袋在中の白色粉末についても、同署内で直ちに「覚せい剤の定性試験」を行つたところプラス(+)の反応が出て右粉末中に覚せい剤含有の事実が判明したので、即日これを被告人の遺留品として右手帳とともに遺留物領置手続を了したうえ、翌二三日更に右粉末につき精密検査をなすべく大阪府警察科学捜査研究所へ鑑定嘱託したところ、前顕のとおり、右粉末はフエニル・メチル・アミノブロパン塩類を含有する旨の鑑定があり、その旨の鑑定書が送付された。
三、そこでまず警察官が職務質問に際し被疑者が着衣中に存置している手帳(ビニール袋)を取出し、その内容物を検査した行為の違法性につき考えるに、一般に警察官が職務質問に際して、刑事訴訟法規により逮捕されていない者に対して、単に異常な個所につき着衣の外部から触れるという程度のことはその付随的処分として許容されるとしても、更にこれを超えてその者から所持品の提示を求めこれを検査するということは、相手方に対しそれ相応の負担を課し協力を求めることになるから、相手方の承諾を要すること即ち相手方から任意に開示されたことを必要とすることはいうまでもないが、ここに「承諾」とはその負担、協力の程度などからみて必ずしも明示的なそれに限る必要はなく、黙示の承諾のあつた場合即ち当時の情況からみて所持品の開示、検査を拒否しない任意の態度が客観的具体的に推察できる場合においてもなお所持品の開示、検査は適法であると解するのが相当である。唯しかし相手方が消極的に拒否しないからとの一事をもつて直ちに黙示の承諾ありとして一切の所持品検査を施行できるわけのものでないのは当然であり、特に検査担当者が警察官であることから相手方が意識的に拒否しなかつたり、更には拒否できなかつた場合も十分考えられるから、黙示の承諾というものは厳密に具体的かつ客観的諸事情をよくとらえて認定すべきものであり、かつまた承諾の認められる場合にあつても、現実に所持品の開示検査をなしうるのは、それが当時の職務質問(ないしこれに続く任意捜査)の過程からみて具体的に牽連性や必要性が看取でき、かつ社会通念上相当とされる必要最少限度においてのみこれを許容されるべく、かかる牽連性、必要性と社会的相当性を欠く所持品検査は相手方の承諾ありとしてもなお違法のものである。
これを本件について考えてみると、本件所持品検査を担当した警察官はパトカー塔乗中に受けた無線指令とホテルグレースの従業員、ニュー東洋の社長らに対する事情聴取の結果、被告人に対し職務質問前既に無銭宿泊という詐欺事犯につき相当程度犯罪の嫌疑をいだいていたわけであるが、職務質問に対して被告人は無銭宿泊の質問につき黙否し外部からの着衣接触にも拒否の態度を示さなかつたから右の警察官は所持品検査する旨告げて胸ポケット内にみえていた本件手帳を抜取り開示検査したというのであり、これは右の如き経緯からみて具体的客観的に黙示の承諾ありと認めうる事情があつたものというべきであり、しかも右の職務質問着衣接触に対する被告人の応対状況や右警察官が前記事情聴取等の結果保有する被告人に対する犯罪嫌疑の程度からすれば、この所持品検査は右職務質問に続く措置として当然必要なものであり、かつ被検査物も外部より看取できる手帳というのであるからこれが開示検査に対する相手方の負担協力などもさして大きくはなくこれまた社会通念上相当とされる最少限度のものを出でていないものというべきであるので、結局本件所持品検査は相手方(被告人)の黙示の承諾に基づくもので、前記牽連性、必要性および相当性を具有しているものとして適法であるというべきである。 (砂山一郎)